
昭和20年代が大学倒産の第1期とすれば、現在は第2期です。先ず第1期では、昭和27年、新制私立大学が経営難から倒産し、他校に吸収される状況が続出しました。
戦後、専門学校から大学に昇格しましたが施設や教授陣も揃わないまま発足したものが多く、特色のある学部や学科を持った大学も少なく、伝統のある戦前からあった大学に対抗できず、学生数も集まらないために倒産しました。倒産した私立大学は「日本商科大学」、「久我山大学」の2校です。「県立茨城農科大学」が国立茨城大学に吸収、「日本獣医畜産大」が日本医科大学、「東京獣医畜産大学」が日本大学、「中央労働学園大学」が法政大学にそれぞれ吸収合併されました。横浜の「湘南工業短期大学」、愛知の「中部短期大学」が廃校となりました。
そして、現在では18歳人口の少子化と、国家財政危機を迎えて、大学倒産の第2期にあります。第1期の混乱期倒産と異なる構造的倒産です。
文部科学省の定めた法律に従って、立派な校舎を造っても学生が集まらなければ、大学経営は成り立ちません。 平成15年に広島県の「立志館大学」が休校し、16年7月に「酒田短大」が定員割れを中国人留学生で穴埋めをしようとして、文部科学省から解散命令を受けました。16年6月には、山口県の「萩国際大学」は定員割れによる累積負債30億円で民事再生法を東京地裁に申請しました。17年、定員割れを起こした4年制私立大学542校は160校に達しましたが、今後もこの定員割れ大学は増えていきます。
平成17年3月30日、文部科学省は、「私立大学が経営悪化によって破綻した場合、学生の転学支援を最優先で行なうが、私立大学の国費救済は行なわない」としました。
今後急増する大学倒産に備えて、政府は一切財政援助を行わないことを宣言したのです。
2006年8月4日、「小樽短大」(学校法人小樽昭和学園)は、定員140人に対し、1年生が33人、2年生が41人と大幅に定員割れで学生納付金が減少したことに加え、定員の過半数割れで国の私学補助金が交付されない状況が数年続き、負債総額・約3億5000万円で札幌地裁に民事再生法の適用を申請しました。島野清志『危ない大学、消える大学』(エ−ル出版)、中村忠一『危ない大学』(三五館)などの書籍が刊行されている事実が事態の深刻さを物語っています。
少子化によって大学入学者が減少し、大学特有の財政構造すなわち、収入の80%が学費収入[授業料・入学金・施設費]、10%が国庫補助金、9%が受験料・手数料収入、1%が資産運用利益[大学の金利収入は非課税]という状態では、臨時定員増の減少と定員割れ(「50%定員割れ」で、私学助成金の交付はストップします)によって、学費収入が50%前後も急減してしまう場合があります。このような収入状況では、文部科学省からの私学補助金が廃止されてしまえば倒産するしかないのです。
倒産することが事前にわかっていながら学生募集をしている大学は、応募した学生等の将来設計を考慮すると、今や深刻な社会問題になっていると言えるでしょう。このように、日本の大学でも倒産しているわけですから、政府からの補助金のない米国などの海外の大学が倒産することもあります。昨年12月30日付けの産経新聞紙上で非難されたパシフィックウェスタン大学(PWU)の問題も、2001年以来、事実上、倒産状態であったにもかかわらず、ハワイ州法に違反して学位を発行したことにあります。非難されても仕方がないわけですが、そのPWUから博士号を取得した早稲田大学教授にして株式会社サイバー大学学長の吉村作治氏が産経新聞紙上で「すみません」と謝る必要性は全くないわけです。産経新聞の池田証志記者に誘導尋問のごとき取材を受けた可能性もありますが、「私がPWUから博士号を取得したことの何が悪いのでしょうか? 何も悪いことはありません。」と主張しても良かったわけです。それとも、吉村氏の内心では、PWUの「広告塔」として広告宣伝費なりを貰っていた(?) ことが心をよぎったのでしょうか。
吉村作治氏のごとき高名な考古学の研究者でさえ、当時の日本で博士号の取得ができなかった、規制だらけの大学環境こそにこそ、真の問題があるのではないでしょうか。