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ネット上で人々を錯誤させている「学歴や学位の識者たち」の過ち

(1)ディグリーミル(学位工場)の定義と認識が間違っています

ディグリーミルの定義とは、A.大学名・氏名・学位を捏造・偽造してある学位記を発行すること。B.医療とは無関係な人物に医学博士号を授与すること。C.無審査・無評価で学位記を発行すること。D.年間数万人の不特定多数者に学位記を乱発すること。E.法律に違反している学位記を発行すること。以上です。そもそも、米国においては、法律上、ディグリーミルとは何かの定義すら定まっておらず、犯罪にもなっていないことは言うまでもありません。ちなみに、ディプロマミル(卒業証書工場)と表現される場合もありますが、同じ意味で使われています。

ブログ「学歴汚染」を発信し、学歴・学位に関する識者を装って、人々を錯誤させている静岡県立大学教授・小島茂氏は、「米国の大学の約半数を占める非認定大学の発行する学位がディグリーミルである」という認識を抱く人々が増えるように、個人的意図(政府統制学歴論の普及)をもって悪く宣伝しているようですが、このディグリー・ミルの定義は、明らかに虚偽です。米国の認定協会に認定されていない大学であっても合法的に何ら問題なく学位を発行することができます。小島茂氏のように「政府による高等教育の規制は必要だ」という価値観と政策は、もはや時代錯誤ですし、米国などの大学から学位を取得し、その後、すばらしい研究業績を残し、幸せに暮らしている人々は大勢いるわけですが、このような人々に対する嫉妬心や、自己中心的な価値観を押しつけることや、扇動的な宣伝活動をしている人物がいる場合、先ず、その人格をこそ疑うべきでしょう。ほとんどの場合、学歴パラノイアを患っていると見て間違いありません。 

小島茂氏のブログ
(12/25)には、国公立大学の職場において、博士号を持っていない教授たちがディプロマミルの米国大学から「Ph.Dを買った」とあり、就職や教授昇進の際、履歴書のPh.Dが有利に働いたとか、Ph.Dの肩書きをビジネスに利用している等と批判しています。しかし、日本国と米国などの海外の大学の教育制度・教育文化・学位の取得基準が全く異なっている以上、日本の一県立大学の教授という自らの立場と価値観を基準にして、その他の価値観を持つ別の教授たちに向かって、「Ph.Dを買った教授」という表現は、明らかに侮辱です。「そうしたところで何が問題なのか? 問題なんて何もありませんよ」と、逆に教えてあげるべきでしょう。例のPWUのPh.Dでさえ、米国のペンタゴンにおいては「何ら問題なし」ということで通用しています。

 海外の各大学ごとに人物評価基準があって然るべきであり、それら海外の大学から取得したPh.Dを持つ人物をどのように評価するか、採用するか否かは、各大学側・企業側の判断に任せればよいことです。

そもそも、「学歴をカネで買うな!」と、海外の様々な大学から学位を取得している日本の教育関係者を批判している小島茂氏は、東大合格者の約半数が中高一貫教育の、高額な学費のかかる有名私立進学校の出身者であり、出身地は東京が
3分の1、関東まで含めると3分の2であり、親の平均年収が1034万円であることを承知しているのでしょうか。一目瞭然ですが、「学歴はお金で買うもの」という認識こそが良くも悪くも現在の日本社会の実情ではないでしょうか。逆に、貧しい家庭環境に生まれ育ち、学歴が無くとも、後に実業界などで成功したり、特許を取得したり、社会に貢献した人々は大勢います。例えば、デール・カーネギーや松下幸之助らを学位的に評価するならば間違いなく経営学博士号以上ですし、それ以外の無名の人々の人生でさえも評価し励ますことのできる教育評価活動を否定すべきではありません。硬直した日本の現在の教育制度下においてさえ、東大などの「論文博士」は通学することなく、論文評価だけで博士号を取得できるわけですし、寄付金を納めること等によって名誉博士号や社会功労賞などの称号を得られてきました。

「海外の大学の発行した学位は、ディグリー・ミルだと疑ってかかれ」などと宣伝している人は、グローバル化した国際社会における多様な教育機関の存在の必要性を否定し、政府による規制社会を求めているのです。本学のごとき多様な価値観を保障する多様な教育機関の存在は、安部政権の掲げる「再チャレンジできる社会」を形成していく上で、必要不可欠な社会基盤となるべきです。今後の日本社会は、柔軟で多様な教育評価システムを通じて、社会人の多くが多様な基準で評価され、励まされ、自ら「再チャレンジしてみよう」という意欲を振起できる多元的価値観の共存共栄社会になっていくべきです。さらには、現在騒がれている学位・学歴以上の価値、すなわち吉田松陰らの偉人の人生にみるごとく、生死すらも超越したところにある「真の価値」を知る、より精神的に洗練された社会人たちによって指導された、美しい生き方のできる社会を構築していくべきだと考えています。

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